不登校 中3進路未決定 高校進学

不登校中学生からの都立高校進学 中学教員向けプレゼン

杉浦孝宣は一般社団法人 不登校引きこもり予防協会としても活動しております。
杉浦への講演依頼・不登校相談も承っております。


不登校、高校中退の救済を目指すサポーターの皆様
先日、東京都板橋区中学校の研修会にて、約40名位の進路担当の先生に不登校中学生からの都立高校進学、高校中退の現状、解決への道を講演させて頂きました。
ポイントは3つ
1 不登校、高校中退の立ちなおらせ方
2 高校説明会の甘い罠
3 都立補欠募集の活用

まず最初に簡単な自己紹介をさせて下さい。小学三年生の時、私自身が保健室登校で、その当時の学校教育では登校拒否、保健室登校、不登校等という言葉すらなくて、学校側が下した判断は千葉県にある豊島区立竹岡養護学校への転籍でした。

そこでの生活は半年あまりでした。布団の上げ下ろしもした事が無い私が全寮制の学校というのは生活自体が厳しいものでした。しかも午前中は体を動かせ的な授業が多く、疲れ、午後から、復習中心の授業でした。出来ないとわかって教えてもらいましたから、丁寧に算数や国語を勉強させてもらい、2週間あまりで、僕だけでなく、クラス15人のほとんどが、グングンと勉強が出来るようになりました。そして、気付くとあれ程嫌だった 午前中の体育の授業や養護学校の生活全体が楽しいものへと変化しました。 後で考えるとこれが僕の人生のターニングポイントでした。その竹岡で学んだ事が二つあり、この二つが今の仕事に活かされております。 1つ、それは環境を変える事により、気持ちが変わるという事。2つめは出来なくなった原点から勉強すると出来るようになり、生活全体が楽しくなるという事です。
竹岡は卒園後は人並みに出来る子どもに成長し、後にアメリカの大学を卒業しました。それは今から 26年前の事です。そのとき、英会話講師、家庭教師をしておりました。初めて、すぐに、中学浪人をしている子のめんどうをみてくれと頼まれました。 そして、かれは一年遅れて 北園高校に合格しました。

そのことが、産経新聞の朝刊に取り上げられ、NHKにまで取材をうけ、それから塾をやるようになりました。今はその塾と5年前から通信制高校、NPO活動をライフワークとしてやっております。

2008年 には、一年間の契約で都政新報の教育コラムを担当し、不登校、高校中退の受け皿としての高校の取材をし、そのことをブログに上げ、無料教育相談を受けつけると反響が多く、今では年間245件もの相談があります。去年1月は2回目のNHKを新宿山吹の副校長先生と取材を受けました。ご覧下さい

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