杉浦孝宣は一般社団法人 不登校引きこもり予防協会としても活動しております。
杉浦への講演依頼・不登校相談も承っております。
本格的に簿記会計の授業に進んだ。当時、大型コンピューターを使って会計処理をするにはといったことを習い、
UnivacやIBMのパンチカードを打ち込んで、自分のバイオリズムや2100年までのカレンダー、
簡単な文字の羅列でモナリザを描くなどをしていました。 習い始めて、そこそこ、Basic,Fortoranなどがわかり始めたとき、
大学のコンピューターがどんどん小さくなり、リンゴのマークのコンピューターが増えていったのを目の当たりにしました、
そうそれが今のアップルの出始めだった。もう少し遅く習い始めていたら、Macにのめり込んでいたかもしれないが、
とりあえず、data processingの単位をゲットしたので、大学の電算室からは足が遠ざかり、難敵の簿記に立ち向かって息ました。
商学部、会計学科を専攻したのだから、当たり前なのだが、
取って初めてわかったのはまるで自分は細かい数字を計算をするのに向いていないと言うことでした。
まだ、今のようにコンピューターが普及していなかったので、
数字をきれいに書くというのが必須でした。というかこのことは試験に直面してわかりました。
何度やってもバランスシートでdebit,creditの値があわない、10時間以上も机に向かって、
何だ、何だ、と考えているうちに腰を痛めてしまい、ぎっくり腰になってしまいました。
痛い中、寝ながら、バランスシートを眺め、途中の計算を見ていたら、どこが違うかわかった。
なんと、数カ所、自分の数字が2→5になっていただけでした。
愕然とした、俺は何でこんな間違いのために、ぎっくり腰になってしまったんだろうと。
翌朝、這いつくばるようにして大学に行き、試験を受けたことを今でも覚えています。
結果は98点 grade A マイナス二点はやはり数字のが汚いということで減点でした。
このようなことが何度かあり、卒業する頃にはすっかり、簿記が嫌いになっていました。
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